2012年01月27日

傷つく心

人は時々ドキッとするような言葉を投げかける。
人の想いなど気にすることなく、人の心をえぐるような言い方をするのである。
言っている本人は解らないけど、言われた本人はいつまでも心の奥底に残っている嫌な言葉なのです。
自分のその日の気分で、周りの人に強い言葉を浴びせる。
毎日そんな光景を見ていると、こんな職場でいいのかしら?
其れよりも若い人達を育てることに力を注いでほしいと願っているのだが・・・
マア・・・若い人も言われなければ解らない人が今は多い
なぜこんななのかな?・・・
仕事に向かう姿勢は、やはり親のしつけから始まると思うのです。
きちんとできない人が多い。
仕事をしてお金をいただくことがどうなのかということが解らない人が多いのだ。
上の人が腹を立てるのも解るような気がするけれど、毎日怒った声を聴くのもうんざりする。
上司の顔色ばかり見ながら、また今日も朝からいやだな?・・・思うことばかりの日がつづく
昔の人たちが若いころは、もっとやる気がある人が多かったような気がするのだが、今の若い人達に
目の色変えて頑張る人が少ないのです。
若い人が上司から一週間無視されたと話していたが、よくよく自分のことを考えると、私など二年ぐらい
そんなこともあったな?・・・思った。
でも私ぐらい真剣に考えないから、アア・・・また機嫌が悪いのか?
思うぐらいで気にしないようにしていたので、乗り越えることが出来たんだな?・・・
でも私だって、心が傷ついたことだってある。
息子が入院したときのことだって、絶対言われた言葉は忘れることが出来ない。
だからもういいかな?・・・
心がどうしても前に進むことが出来ない。
福祉とは思いやりと優しさとは言うけれど、決してそうじゃない現場で働くことが私には耐えられ無くなってきた。
どれだけ私の心が傷ついているか?
息子が逝ってしまう時のあの日冷たい上司の言葉は、今も私の心の中でうずくのです。
あふれ出るように出てくる嫌の言葉を聞くと、もういいや・・・おもう
私の心が弾まない・・・心の中にスイッチがはいらない
三月が来ると息子が亡くなってから一年期を迎える・・・あっという間もなく月日が過ぎていった。
どんなにか私の心が傷ついたことか
相手を思いやりながら言葉をかけてほしい・・・せめて福祉と関わる仕事をしているならばと思うのです。  

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2012年01月25日

心が弾まない私・・・

何をしても心が空ろなのだ
息子が逝ってから、何を思いながら自分は今生きているのか?
何をどのように考えれば、私の心が昔みたいに弾むのか?
きっと今私は鬱なのでは?・・・思う時がある
ダルビッシュではないけれど自分のモチべーションが下がっていること・・・
何を目的にすればいいのか?
悲しいかな今気持ちが彷徨っていることなのです。
何をしても心が空しく感じる・・・人の言葉にむなしく悲しくなってくる
人は平気で人の心をグサッとくるような言葉をなげかける。
今回私は考えさせられることが沢山あった。自分の言葉に責任を持たない人が多いことだ。
これから先の仕事をどのように考えながら、胸弾ませながら仕事が出来るのか?
私に何が出来るのか?
これから先、出会うであろう若い人達や、ほんの少し障害を持った人たちにどのように
愛情をもって接することが出来るのか?
こんな彼らから、私は何かを得ることが出来るのか?・・・少し心配
私は今日これから先行く職場でのこと、私と言う人間をどのように思われて今回の職場日移動を決められたのか?
尋ねた。
私は今までの仕事も職員よりも仕事していることを一言話をしたこと
これから先は我慢しないではっきりと聞くことにしたし、私に言うことがあれば私に聞いてほしい
私に気持ちの整理が少しつく
何も話さないで誤解するのではなく本音で話したいと思う
物事をなるべくいい方に取っていく・・・それが私なのです
暗い、暗いトンネルの中をさまよっているようで、まだ自分でその灯りを探すことが出来ないのである。
黙って誤解を招くよりも当たって砕けろうかな?・・・
  

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2012年01月22日

絆ってなんなんだろう?

今一番問われていること・・・それはみんなが冷めていることかな?って思うことがある
仕事に向かう姿勢にしても、今の若い人は周りの人に心配りもないし、思いやりもないひとが多い。
若い人を見るたびに、その人の家庭を見るような気がするのだ。
人のことに無関心だし、自分の事しか考えられない人が多いような気がする。
プライドが高い人ほど、人の話を聞かない人が多い。
最近若い人に話したことがある・・・それはプライドを捨てなさい
もっと素直になりなさい・・・人の悪口ばかり言う人のところには寄らないこと
明るくて素直な心を持った人を友達に選びなさい・・・
なぜならマイナスの気を貰い受けてしまうから、顔の表情が変わってしまうからなんです。
そんな話をしてもなかなか私の話に納得してもらえなかったことがある。
しかし結局は、その若い人には最悪の場合になってしまった。
その人のことを思うと、眠れなくなり目がさえてしまうこの頃なんです。
若い人がもう少し、素直で人間関係をうまくやっていれば強いきずなが出来て、どうにかその苦しさから
抜け出せたかもと思うと、私の心は切なくやるせなくなってくるんです。
家庭でもっといろんな会話をすることが大切ではないのかな?
会話がない人ほど、人との付き合いが下手なんだろうな?・・・思う
人は平気で言葉の暴力で来ることがあるけれど、本人はそれにきずいていないのだろうな?
そんなだから人との絆などできるはずがない
私自身何かしら燃える物がない
ただ毎日を過ごすだけの生活の中で、時々むなしくなってくる。
この辺でリセットして前に進まなければとは思っているのですが、私に胸の中に燃える物がない
周りを見ると、みんな心が疲れているように見える。
心が一つになるということは、なかなか難しいような気がする。
昨日も久しぶりに見た若い人の顔の表情が曇っていたことが気になる。
話をしていると、やはり人間関係で、そうとう心の中で葛藤しているみたい。
周りでとげとげした言葉を聞けば嫌になることだってあるだろう・・・
私達、この年齢になると、若い人たちの相談相手ぐらいにはならないと・・・と思う
なかなか人間関係が難しい・・・私自身心が寂しくなるのです。
眠れないまま今の時間に・・・  

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2012年01月15日

私って自分でも不思議?

自分でも思うのだが誰かと話をしている
知らない人と・・・
街に出かけていくと、誰かと意気投合してしまう性格
面白いことに昨日もタクシーの運転手さんと言葉の使い方で車の中で議論をした。
最近の若い人たちは言葉が汚い・・・
年上の人への敬語がまず使えない・・・そんな若い人に私は「今なんて言ったの?」
聞き返した。
その女の子に言ったことは「貴方が嫌いな人であってもアイツがとか此奴がという言葉は使うものではない」
その子は気分を悪くしたようではあったが、これは当たり前の事である。
私にすると、ふざけるんじゃないよと言いたい。
そんな言葉を使う時には、ちゃんと大人が注意するのが当たり前だと思っているからである。
そんな話をその運転手さんと話しをした。
あまり話に夢中になり、目的地を通り越してしまった運転手さん・・・
でも「今そんなに注意してくれる人が居ないんですよ」だって
昨日も、この前知り合った人の子供の離乳食にかぼちゃの寒天を持って行ってあげた。
子供が喜んで食べましたというハガキに、私はほほえましく思えたので街に出かけるついでに
持って行ったのである。
帰る途中に、JRの中で私の横に乗っていた若い人が疲れていたのか寄りかかってきた。
私は「疲れているんですね」
そう言った時「すみません・・・「今日センターの試験でした」返事
「希望の大学に入れるといいね」
「有難うございます」返事が返ってきた。
今時にさわやかな若い人だった。
孫よりも2歳上だな?・・・思いながら彼の願いどうりに大学に入れることを願いながら・・・
私っていつも知らない人と楽しい会話をしてくる。
友達は「貴方の方からいい気を出しているのよ」という
「私はその若い彼にけしてマイナスでは考えない方がいいわね」
「それから人の事ばかりいう人の傍には近寄らないこと・・・だってマイナスの気を貰い受けてしまうから」
彼も「そうですね」
その彼は同じところの駅で降りた。
同じ市民であったこと、これも何かの縁だったのだろう?
そんなことを思いながら、やっぱり私って有難うの人生かな?・・・心が豊かなことは顔の表情が豊かになる。
そんなことを思いながら過ごしている今日この頃なのです。  

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2012年01月12日

出会い

偶然デパートで知り合った店員さん
「私44歳です・・・9か月の子供がいます」
そう言われて「よかったですね」
「頑張ったんですね」・・・思わず拍手しました。
その人に先日、人参とリンゴをミックスしたゼリーを作って「坊やに食べさせて」
彼女は喜んでくれた。
そのお礼のハガキが昨日届きました。その中に子供が食べてくれた様子が書かれていて
私にはとてもうれしかった。
私を信頼して、届けたゼリーを子供に食べさせてくれた彼女
この次には食べてくれたなら、「レシピーを教えますね」・・・約束をした
この葉書には今度はぜひレシピ―を教えてくださいとのことで、また会った時には教えてやりたい
見ず知らずの人との出会い、私にはこんな出会いがあるのですが、これは偶然ではないと思っている
必然的な出会いだと思うのです。
何かしらいつも誰かと出会いそれが有難うにつながっていく私の人生・・・
何かに導かれるような出会いがあるのではないかと最近よく思う
自分が泣いたぶん、誰かのために何かをしてやれるのではないかと思うのです。
今日もこれから先行く職場の子供と話をしたのですが、「約束をしてほしい」
「それは嘘をつかないこと」
「問題があればみんなで話し合おう」
こんな子供たちとこれから先どう向かい合うか
これからの課題でもある
これも私が貰い受けた出会いである
これからまた未知との遭遇がまっている
ハラハラドキドキかも・・・そう思いながらも期待もあるこれからの私の人生
息子が逝ってから彼が私に次の人生を後ろから後押しをしてくれているのかも・・・
母さん俺がいなくなっても彼らがいるから寂しくないだろう?
本当は仕事を卒業するつもりが、また引き受けてしまった。
彼が道を開いてくれているのではないかと、最近考えます・・・こんな考えで生きて行きます。  

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2012年01月12日

韓国ドラマから・・・ソウル1945を見て

このドラマは韓国が日本の統治下にあった時代から始まる。
自分たちの生まれる前から始まったドラマに、他の国の歴史を勉強することになった。
貧しい家族が時代の流れの中で翻弄されていくさまを描いた作品なのです。
地主の小作人の家族が子供の死、主人の死、娘の恋模様
日本の統治下にあった朝鮮民族がこれで日本から解放されたと思ったら、今度はアメリカとソビエトに悩まされた
朝鮮国、民族同士の争い、朝鮮戦争が始まった。
恋人同士が離れ離れになって、それでもなお、お互いがお互いを思いやりながら生きて行く様を
壮絶なまでに描いた作品
日本が朝鮮国の人たちをこんな風に痛めつけたのかな?・・・思いながら、これは韓国側から見た日本
占領国になれば、なかなか人間としての良心が無くなることもあるのでは?
しかしそれも人柄によりけりだろうと思いながら、戦争はこんなにも人を変えてしまう。
ドラマを見ながら、この時代は私3歳なんだと思いながら、日本は戦争に負け、敗戦の中から
立ち上がっていく途中である。
私はこのドラマに夢中になり、生きることも
恋をすることも、仕方がないんだ・・・この時代に生まれた者たちがこの世の中にもてあそばれてしまう
何とも辛いドラマなのである。
人を恋することは、そんな時代だからこそ、激しく狂おしくなる
人間が生きるためには理性をなくしてしまう・・・このような時代に生まれたことが不幸であると思って見た。
このドラマを見ながら子供のころを思い出していた。
同じ民族同士が争い、やがて北と南に別れて行った朝鮮国民
戦争は誰しもが不幸になる
今も我が国はアメリカの植民地みたいなものではないのかと思う
この韓国ドラマを見て、韓国民の苦しかった時代が少し解ったような気がするのです。
こんな時代の激しくも悲しい恋物語を見ていて、この時代に子供でよかったかな?・・・
このドラマは私には歴史の勉強になり、戦争を起こすことはこんなにも悲しく不幸なことはない
今の時代がどんなに幸せなことか?
改めて考えさせられる・・・まだ私の心がときめくドラマだった  

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2011年12月27日

平気でうその表現をする子

今24歳になる女の子と仕事をしている。
彼女は一見どこも悪く見えない。
しかしこの彼女と仕事してみて思ったことは、大人の私たちを手玉に取るところがある。
これは彼女が持って生まれて持ってきたものだと思う。
平気でうそをつき、人を陥れるところがあるのだ。
知らない人は彼女の話を本気に聞いてしまうだろう。
彼女は生まれた時から、親の愛情を受けて育っていないせいか、生きて行くためにどうしたら
大人に気に入ってもら得るだろうか?・・・どんなことだってしてしまうところがあり嘘を平気でつく。
考えると怖い話である、
ひょつとすると、この子は多重人格を持っているのだろうか?
時々思う。
でも今の若い子の中には、面白半分に大人を陥れることぐらいはするのだろうか?・・・疑いたくなる
怖い話である
今回こんな子がいる職場で働くのだが果たして自分に何が出来るのか不安になってきた。
罪を感じない子がいる職場に私に何が出来るのか?
彼女らをどう理解すればいいのか?
不安でたまらなくなってきた。
この年まで生きてきて、こんな子に出会ったのも初めてである。
娘が大丈夫なの?・・・この仕事を引き受けて?
言った言葉がこれだったのかと思う
もう遊んでも良かったかも・・・思ってきた今日
両親がいて育った子供たちはどんなに幸せなのか?・・・親に感謝かな?・・・  

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2011年12月18日

市川森一さんのドラマをみて

早う夢からさめんね
まだ夢の中たい
武士の家に生まれた蝶々さん
そんな蝶々さんの恋物語・・・オペラでは見たことが無かったけれど、このドラマを描いた市川さん
先日オペラ歌手の方が、このオペラを日本人の解釈で作り上げていくところをテレビで見たのです。
何とも悲しく切ない恋物語なのか
一途に思い続ける女心
しかし彼は外国人、特に女は長崎での舞子
外国の人からすると、日本の女は芸者などは遊びの道具としか見ていなかったのか。
遠く離れた本国からこの地で男の人は一夜の慰め者しか女を見ていなかったのでしょう。
このドラマは切なく女心を表しているようで、私の胸にぐっとくるのです。
昔の人は一途に思いつめていく純情な気持ちを持っています。
今頃の女の子と違い慎み深いのです。
それが見ていて一層女心をくすぐる
そんな女の人を見ると、女の私でも惚れちゃいそう・・・ドラマを見ながらそう思いました
泣き泣き男の人の妻に息子を託し、自分は武士の娘らしく作法にしたがって自害する。
こんな場面を見ていると腹ただしく感じてしまう。
昔から日本人の女の人は、外国人の遊び相手しかなれなかったのか?
そんな薄情な男に惚れちゃいけないんだよな・・・
戦後昭和24年か5年ごろだったのか私の記憶も定かではなかったけれど、私が住んでいる町にも
遊郭があった。
子供心にも、そんな女の人が男の人を呼び込んでいた姿を今も想い出します。
日本が戦争に負けて、これから立ち上がっていく頃の話である」。
昔の女の人は、戦争に負けて財産も亡くなり、家のために身を滅ぼして行った人たちが
大勢いたのですが、今の世の中は違ってきた。
女の子が恥じらいもなく、母親としてではなく、女として生きて行く人が多いので、今の子供たちは虐待されて
可愛そう・・・そんな酷い世の中になってしまった今の日本
せめてこの蝶々さんぐらい女らしく生きていければいいのだが・・・
そんなことを思ってこのドラマを見ました。
市川さんらしい優しいドラマだったと思いました。
このドラマのを見て、もっと自分を大切に、愛おしく思って生きて行きたいと思った。
せめて年をとっても、いつまでも心は可愛くね・・・  

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2011年12月17日

抱きしめて

逝ってしまった息子を思う時、小さい時に抱きしめたあの温もりも44年たてばもう忘れてしまう。
ただ可愛かったあの子の幼い時の笑顔は誰よりもかわいいと今も思っている。
ブリスベンへ移植手術のため旅立つ日、私は息子を抱きしめた。
痩せた体は今も思うと痛々しかったことを想い出します。
この年になって抱きしめた息子に大丈夫、きっと助かるからね
そう言って空港で見送ったあの日の事・・・一人でいるといろんなことを想い出してしまうのです。
息子が危篤になり友人の人たちが移り変わり抱きしめる姿を見ながら、私は泣きすがることもできず
ただ茫然としていた。
娘は弟の体を揺り動かし、「しっかりしなさい・・・娘の子供の名前を呼びながら約束したやろ」
記憶が薄れる中に、姉の声でまた戻ってきて「ウン買ってやるぞ」
その一言の返事をして息が切れた。
私はその時息子をしっかり抱きしめたが、まだ夢の世界のような感じがしていたことを想い出している
今私は有料老人ホームで働いているのですが
そこで主人一緒にこのホームで暮らしている老夫婦がいます。
その方のご主人が亡くなられて、今は一人なんです。
そのおばあさんが「明日から家に帰ってきます・・・おじいさんの四十九日で」
「アアもうそうなりますかね、早いですね・・・」
「まだなかなか元気が出ません」
そのおばあさんが愛おしくなり、おばあさんを抱きしめた…温かい体の感触一回り
小さくなったような感じがした。
耳の遠いそのおばさんの耳元で「私の息子も亡くなって9か月になります」
「貴方も辛かったね」
「おばさん一人じゃないんですよ、お互いに、この辛いことを乗り越えましょう」
このおばあさんを抱きしめたときのあの温もり、自分の親のような感覚
年を取ってから連れ合いに先立たれると辛いだろうな?
私は主人と息子私の母親三人を見送ったけれど、まだ頑張れる・・・頑張らなければ
もう一人娘が残っているから泣いたりできない
どんなに辛いことがあっても、人はこんなことまで言うのかと思っていても我慢しなくちゃ・・・
人はそれぞれ重たいものを背負っている
そんな人ほどイラつくと弱い立場の人間にあたることが多いのだ。
でも我慢、我慢自分自身に言い聞かせながら、こんなことぐらいでと思うのです。
これから先の仕事も、みんなを温かい心で抱きしめて行きたい。
今迷っている所なのです・・・心を開いてくれるだろうかと・・・  

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2011年12月16日

私の心がときめかない

年を取ってくると、片方の足を棺桶に入れているような感じがしてきた。
息子が逝ってからの私は、体が宙に浮いたような感じがして心が落ち着かないのだ。
ぽっんと一人部屋の中に入ると、寂しくてたまらなく、つい息子の名前を呼んでいる自分がそこにいる。
昔はそうではなかった。
この17年の歳月は大きく私の生活も、考え方も生き方も変わってしまった。
女性としての生き方も、考え方も、まるで構えたみたいな生き方なんです。
世間に対して、女性が一人で生きているからと言ってバカにされたくない・・・精一杯虚勢はって
生きてきたように思う。
そんな私でも、韓国ドラマを見ているときだけは、女性に代わるのだ。
胸をときめかせてドラマに見入ってしまう。ドラマの男優が彼女を見るときの切なさそうな目が
何ともうらやましく感じてしまう。
それは昔の自分を思い出すからかもしれない。
人は恋しているときが一番輝いているときだな?・・・思うのです。
しかし何年か前に比べてみると、ときめく度合いが違ってきた。
激しく切なく感じることが、こんなものか?
さらっとした感じになってきた。
これが年を取ったということか?
若い時は、亡くなった主人に抱きしめてもらい、甘えたことが懐かしく思い出されてくる最近
いよいよ私も主人が待っているだろうな?
あの人が居る世界に行く日が・・・そんなことを想い出している
メロドラマの世界ではないけれど、もう一度若いあの時に返れたらどんなにいいだろう
そんな追憶の世界に浸る私の気持ちは、やはり自分が年を取ったせいなのだ。
そんな自分が悲しい・・・
年を取っていくことは、追憶の中でばかり生きて行くのではなく、次はどんな夢を見ようかな?
思ったほうがいいのに・・・
でもこれもホルモンのバランスが壊れているせいかな?
ホルモンのバランスが壊れると、鬱状態になるのだろう・・・きっと
あまりにも走りすぎた自分の運命に、ここら変で一息つかなくちゃね・・・
そんなことを思いながら韓ドラにはまりまくっているのです。  

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2011年12月15日

最近思うこと

私は自分の人生を思う時、人間生まれた時から生きる道が決まっているんだということを感じるのです
早くに父を亡くし、母親だけの手で育った。
苦労はしたと思うけれど、それが悩むほど苦労は感じていないのです。
生まれ持った性格なんだろう・・・さほど苦にならないのが、私の性格
こんな私だから、主人、二人の子供、母親という風に病人を抱え込んでいたのだが、それも乗り越える
事が出来たのだ。
普通気が小さい人であれば、親子心中もんだろう・・・思うことがある。
今の医学で治療法がない病気を主人、子供二人が貰い受けたのだ。
気が狂いそうになる日々の中で、自分を自分で支えるのが精いっぱい
娘も自分の職業は天職だと思うという。
自分がブリスベンで移植したときから、コーディネータになりたいと希望を持っていたのだが
最近は今の自分の体力では、その仕事も難しい
でも今もそれと似たような仕事しているんじゃないか・・・
企業の保健師をしている
企業の職員の人たちの健康管理の仕事でもある
でも娘は最近、この仕事は私の天職だろうという
そうかもしれない・・・
仕事になれば夢中になって時々家庭に迷惑をかけてしまうのです。
娘も私もつくづく今までの人生を振り返ると、いろんなことに直面しても、それを乗り越えるだけの
力を貰い受けていると思う
いろんな人に助けられ、人との出会いの中からいろんな人生勉強をするのです。
来春は仕事辞めようと思っていたのですが、これもまた仕事をするようになっているらしい
私の歩む道が決まっていたのだろうか?
昨日は街に出かけた時、若いお母さんがベビーカーに一人乗せ、3歳ぐらいの男の手を引いていた。
その男の子がお母さんの手を払いのけようとした。
私はとっさに男の子の手を握り「おばちゃんと手をつなぎましょ」
その子の手を握り信号を渡った。
その子の温かい手を握り、久しぶりに孫の小さい時のことを想い出した
人間外に出かければいろんな人との出会いがある
一生のうちに出会う相手は決まっているという。
これから先もきっといろんな人との出会いがあり、わくわくするような人生が待っているのかも・・・
そんなことを思いながら、マア・・・後ろはふりまかないぞ・・・
前を向いて楽しかったことを心に刻み歩いて行こう
もう辛いことは忘れるようにしなければ・・・あまりにも悲しすぎるよね・・・
  

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2011年12月15日

逝った息子が姉に贈ったプレゼント

真っ暗な中で、スポットライトの向こうで郷ひろみさんの姿が見えた時の歓声
白のステージ衣装を来た姿を照らすライトの灯りがまぶしい
私の横で音楽にあわせながら手拍子をしている娘の笑顔
ドレスアップした娘の姿を久しぶりに見る
クリスマスディナ―ショーは亡き息子から姉に贈られたプレゼントである。
息子が入院しているときに、看病についてくれた姉へのプレゼント・・・息子が逝ってしまった後
看病疲れで娘は倒れてしまい入院したので、郷さんのコンサートに行けなくなり、親の私が
代わりに行ったのですが、このクリスマスディナーショーにぜひ行きたいという希望で、私がチケットを
購入した。
今回は息子の代わりに、看病してくれたお礼をするからね・・・あんたに・・・
息子は姉に
「今晩病室に泊まって」ねだっていた。
「俺寂しいんよ」
自分でも死ぬのじゃないのかという不安から、姉に甘えていた所があったのではないかと、今にして思う。
そんな息子を想い出しながら、郷ひろみさんのダンスに魅了されてしまった。
周りにいる人たちを見ると、同世代の男の人たちも結構来ていた。
彼のダンスを見ながら、男の人たちは圧倒されたみたいだし、女の人たちは音楽に合わせて手を叩く
この年になって・・・思っていたのだが、来てみるとそのステージに魅せられてしまった私
弟が姉に贈った楽しいプレゼント・・・「お姉ちゃん有難う」
「あんたが最後まで看取ってくれたおかげね」
「お母さんはそんなに看病してやることが出来なかったもんね」
病床で息子は私の体を気遣い無理を言わなかった優しい子でした。
久しぶりに娘の笑顔を見ながら私はほっとした。
私に残された娘・・・できればまた来年も彼女と、この場所に来れたらいいな?・・・
そんなにこんな場所に来れるもんじゃないのよ・・・と言う娘
こんな元気な姿を見ることが出来る幸せ、これが今の私の気持ちなのです。  

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2011年12月11日

俳優・・・入川保則さま

入川さんの闘病生活に主人と重ねてしまいました。
まだ72歳・・・元気でいれば活躍出来る年齢なのに、貴方の心を思うと私たちフアンとしては
心が痛みます。
笑顔をみんなに見せていても、闘病生活の中で心の中の葛藤は「生きたい、仕事したい」
そんな気持ちなのではないかと思います。映画のスクリーンの中での貴方やテレビの画面の中の
貴方の顔を見ないと、皆から忘れられたと思われるかもしれませんが、それは違います。
いつも私たちの心の中で貴方の笑顔を想い出していました。
最後の最後まで生きることに執念を燃やしてほしいのです。
私には平成7年に主人「57歳」で亡くし今年の3月長男を「44歳で」見送り母は今年の11月7回忌でした。
そんな人生で難病を抱えた娘が一人残りました。
それでも私の人生は前世からこのような人生を歩くようになっていたんだな?
自分なりの納得をして生きています。
人には決められた運命があるように思います。
それは避けようにも避けられないならば、どうこの道を生きて行くかなのです。
主人は何の治療法もない、薬もないそんな病気でした。
だから生きることをあきらめていました。
子供たちも同じ病気で、子供がこの病気を宣告されたのが27歳、今の治療法としては移植手術しかない
という事で、今から16年前にブリスベンで移植を受けたおかげで44歳の誕生日を迎えてこの三月に
逝ってしまいました。
そんな私が来春から知的障害者「その中には体は健常者でも心を病んでいる子供」
たちのそばで母親の代わりみたいな仕事をしていきます。
これも亡くなった息子が俺の代わりに、この子たちを見てほしいと願っているのかもと思っています
本当は来春には仕事を辞めようかとも思っていたのですが、この「仕事は貴方じゃないと」
いろんな人生を経験した人でないと、人の気持ちは解らないからと言われ引き受けました。
入川さん生きることに執念を燃やしてほしいと願っています。
人は生きたいと思う気持ちがある限り、生きることが出来ると思っています。
人生まだまだ捨てたもんじゃないのです。
私などこんなに辛いことがあっても、まだまだもう一人の娘のために、もうひと頑張りしなくちゃ・・・
娘も息子と同じく移植しています。
私は子供二人のためにお金は使い果たしたけれど、お金は自然とまわるだけが来るのです。
欲をしなければ・・・親としてやれるだけのことをすればです。
毎日笑って過ごせるように・・・辛いでしょうが、泣きたいときもあるでしょうが・・・  

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2011年12月08日

柔道の内柴選手に思うこと

あれだけ頑張って金メダルを取った選手が、今回の事件に思うことは、自分は公人であることを
忘れていたのだろうか?
スポーツの選手は、心技体が備わっていなければならないと思うし、特に心が強くならなければならないと思う
このニュースはあまりみたくはなかった。
私自身も女の子を育てた経験から、男の人に誘われても、それも酒を飲む席などに行っても飲んで
自分をなくすような飲み方をしてはいけないということだと思う。
彼女は19歳と言っていたように思うけれど、健全な育ちをしているならば、自分をなくさない生き方を
するべきではないのか?
私は彼を擁護しているわけではない・・・
まだ33歳、恐らく小さい時から柔道の練習に明け暮れた青春だったのではないかと思う。
その中で女の子と遊んでデートなどもあまりしたことが無かったのではないのか?
そんな彼がいきなり女子の柔道の先生になって、自分はもてるんだと錯覚してしまったのではないのか?
それにすると代償が大きかったのではないか?
私はこの問題は彼だけの責任だろうか?・・・思う
軽々しく男の人に誘われていく方にも少しは責任があるだろう・・・
何故かって?
誘われたことで舞い上がってしまったのではないのか?
もっと女の子は自分を大事にしないといけない・・・軽く男の人を見てはいけない
男の人のまえで気があるような態度を見せてもいけない・・・勘違いして自分は思われているのかも?・・・
私たち大人からすると馬鹿じゃないの?・・・思ってしまう
本当の真実は本人しか解らないけれど、自分の名誉を傷つける事をした彼は、まだまだ人生の生き方を
学ぶべきであったと思う
一度信用を無くせばそれを取り戻すにはどれだけの年数がかかるか?
なんということをしたのだろうか?
私は彼だけの責任とは思わない・・・男の人に誘われて酒を飲むほど舞い上がった
彼女にも責任があるだろう・・・いいたい
今の世の中おかしなことばかりある
自分の子供じゃなく、ほかの男の子供だからと言って、主人が虐待して殺した事件があったが、
今の若い子は平気でおなかに子供を作っても、ほかの人と一緒になる
親の躾がない・・・あきれた話ばかりで、この国はだらしくなってしまったと、ある人が云っていた
そんな言葉を思い出した。
本当に火遊びがこんな結果になるなんて、大きな代償返す返すも残念で仕方がない。  

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2011年12月01日

今朝の新聞から…施設の子の自立

今朝の新聞に児童養護施設を退所後社会に対応できない子供たちのことが載っていた。
新聞を読みながら、来春から自立援助ホームの仕事をするようになった。
ここの人たちは年齢も色々で職員になかなか心を開いて話さないと聞いていた。
新聞を読みながらわかったことは、幼いころ両親の暴力、暴言に苦しめられた。家出や万引きなど
繰り返し、それがなかなか治らず社会になじめない子供が多いという
考えたことは、まずはこの子供たちと、どう心を通わせることが出来るかだと思っている。
時々施設の中で顔を見る子供に声をかけるけれど、言葉は返ってこない。
ただ少し進歩したかな?・・・と思うことは、笑顔が返ってきた。
同じ施設で暮らしている女の子の話では、今までそんなことはなかったから、彼にすると進歩したという。
彼はきっと大人を信用できないのかもしれない。
私が勤めるのはグループホームでの仕事でやって見なければ解らないけれど、親の代わりかな?
大人になっているから、これからはいろんな話、世間での常識みたいなことから、いろんな悩みを聞くこと
でもそれも彼らが私と心を通わすことが出来て、初めてこの仕事が出来ることだと思う
将来には結婚の話も出るかもわからない
彼らの多くは知的障害もあるけれど、心を病んでいる人もいるのです。
彼らと同じ目線で話をしていきながら、私自身も成長していかなければならないと思っている
彼らの母親になれるか?
娘はこの仕事引き受けないほうがいいよ・・・
でもやって見なければ解らないから、まずは自分自身を信じてやれるんじゃないか?
その気持ちで前に進んでいく覚悟です。
心の扉をどう開くかだな・・・思っている  

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2011年11月29日

老人ホームの誕生日会に

今日はホームでの誕生日会
朝から大変な仕事なのだが、これも毎月の行事で楽しんでもらえれば私たちもやりがいが
あるというものです。
誕生会の席にたまたま目が見えない人の横にすわった。
料理がずらっと並んでいても、この人には、はっきり目に見えないのだ。
私はまず大好きだという刺身から皿に取った。
「ほら刺身ですよ」
「醤油もかけますね・・・わさびもね」
声をかけながら「ビールつぎますね」
「久しぶりに飲むとおいしいです」
「私はこんな風に目が見えないから敵を作ってばかりです」
「目が見えないということは、本当に困ったものです」
「敵じゃないんですよ」
「目が見えないということは嫌なことを見なくていいからですよ」
「そうかな?」
「私には病気の子供がいますが、それも私が乗り越えるだけの力を持っているからこの試練を与えられたんだと
思っています。」
だから貴方も嫌なことを見なくていいのですよ
「なんか今日は貴方と話して元気が出た」
この人たちはだれかに話を聞いてもらいたいのです。
けれど時間がなく、なかなか話すことが出来ずどこかに不満が残っているのだろうか?
「ほら、これはステーキですよ」
「私はねこれが大好きです」
「おいしいですね」
その姿を見ながらこの施設で幸せに暮らしてほしいと願っています。
いろんな重荷を背負ってここで暮らしている人たち
子供たちの生活に、親は重荷になりたくないのか、それとも自分達個人の暮らしを大切にしているのか
でもとにかく皆さんは幸せそうなのです。
その利用者の人たちの笑顔を見るのが私は大好きなのです。
でもこれも来春には卒業です。
これからは知的障害者の子供たちとまた歩いていく仕事が私には待っています。
きっとまたドキドキわくわくする人生が待っているかも・・・楽しみです。
  

Posted by メグ at 21:51Comments(0)TrackBack(0)仕事

2011年11月27日

冷蔵庫の故障に

冷蔵庫の故障にメーカに連絡をしてもらった。
長い付き合いのある販売店さんに
この人との付き合いはこの販売店さんの親の代からの付き合いで、そうネ・・・49年ぐらいになる
主人と結婚したとき、買い揃えっていった電気製品
私達が若いころからお世話になった店です。
今は大きいスーパーが出来、安売りの店が沢山出来てはいるが、長い長い付き合いの中で
信用をお互いに築き上げて行ったものです。
この店なら信用して、安心して買えるかな?・・・
自分たちが若いころにお世話になった時のことを思うと、よその店で安いからと言って
買えるものではない。
今回故障した冷蔵庫は買ってから7年
私にすると安い買い物ではなかった。
だから7年しかもたないこの冷蔵庫に不満を感じる
前の冷蔵庫は12年過ぎていた。
メーカはどんな気持ちでもの作りをしているのだろう?
昔の物はしっかりしたものを作っていたのではないのか・
いくら使い捨ての時代とはいえ、こんなに故障するのが早いとは驚きである
以前にも、この冷蔵庫は、製氷庫が壊れた。
なんとも故障がありすぎるのではないのか
まだ新しいうちから部品の取り換えとはおかしな製品である
私達は販売店とのつながりで電気製品を買っている
そこには長い付き合いの中から絆を作ってきたのです。
自分のメーカーの製品に誇りを持って作っているのだろうかと疑ってしまう。
このような製品を作って、果たして世界と戦うことが出来るのか?
日本の消費者に、胸を張って売れる品物を作っているのだろうか?
ただ安く売るために、雑に作っていないでしょうか?
昔の家電で修理を頼んだことは今までにないのですが、今回はビデオデッキも買ってから
一年ぐらいで部品を変えた
すべてが同じメーカーの製品
これじゃこの会社の創業者が嘆いているのではないのか?
このようなものを作って消費者に売るなんて・・・
もっと企業は自分の会社に誇りを持って作ってもらいたい
安いのに越したことはないけれど、私は確かな製品がほしいのです
企業は本当に誇りを持ってもの作りをしているのだろうか?・・・疑わしく思うのです
こんな製品を作っていてわが社は一流の会社ですなんて言ってほしくない
消費者にホスピタリ―なもてなしをしていないのではないのか?
消費者に「またこの次もあなたの会社の製品を買いますと」
云わせるような製品を作ってほしい
本当にこのメーカーには腹ただしく思うばかりです。
私達を馬鹿にしているみたいです。
もっと誇りを持って間違いのない製品を作ってほしい
私がどんな思いでここのメーカーの製品を買っているのか?
これは販売店さんとの長い、長い付き合いの中から、販売店さんを信用して買い物しているからですが
メーカーはその上に胡坐をかかないでほしい・・・腹が立ってくる
せめて10年ぐらいは使いたいものです。
アジアの国に工場を作っているようですが、日本の製品がこんなものじゃ笑われてしまうのでは?  

Posted by メグ at 23:14Comments(0)TrackBack(0)日々思うこと

2011年11月27日

一枚の着物に思いを寄せて

一人でいるとふと今夜も亡くなった息子を想い出す。
息子を思いながら、息子と娘をブリスベンで移植をさせ、何となくほっとしたときがあった。
そんな時私は自分に「頑張ったね」という意味で
一枚の着物を作った。
本当に地味でまるで、お年寄りが着るような紬を作ったのです。
長じゅばんは赤い柄がいり、袖の中から赤い色が見える、ちょっと色気を感じてしまう
そんな感じのものであるが、長着が地味なものだから、帯は明るいものを持ってきて
半襟は少し明るい色を持ってくるようにして、一枚の着物を仕立てた。
その着物を思い出すたびに、子供たちのことを想い出すのです。
これは自分へのご褒美
主人を亡くし、子供たちの命のために自分が持っていたお金を手術のために使った。
ここまで頑張ったんだという褒美を自分へあげたのだ。
でもこの着物はまだ一度も袖を通すことなく、タンスの中に入ったまま・・・・
この年になると着物もいいかな?たまには思うようになって来た。
この着物を思い出すたびに二人の子供たちの事を考えてしまうのです。
息子を三月に見送り、自分が生きて行く中で心の張りをなくしてしまう。
今テレビの中で「人生やるしかないんだ」
歌が流れてきた。
そうだよな・・・人間生きていればやるしかないんだよな?
今年の忘年会にこの着物に袖を通してもいいかな?・・・思っているところなの
16年もタンスの中で眠っていた着物
この着物を見るたびに子供たちのことを思いながら、年を重ねていくことだろうな?・・・きっと
  

Posted by メグ at 20:56Comments(0)TrackBack(0)家族

2011年11月21日

今晩にスポーツニュースを見て

テレビの画面の中で秋山監督の目に涙が浮かんでいて、挨拶の言葉が何かしら声が上ずっていたように思う
オーナの孫さんが松中選手とビールかけをしながら喜んでいる姿をみて、
こんなオーナがいて人間らしくていいな?思う
それに比べて読売ジャイアンツのあの騒動はなんというざまかと思う。
こんな大変な時期に、日本中が元気になることを考えてプレーしたであろう選手たちの意気込み
今季限りで中日の監督を引退する落合監督の目にも涙が出ていた。
あまりこんな光景を見たことがない私の胸も、キュンとなった。
元来オーナとは現場に任せることが一番いいのではないのか?
現場が野球以外のことに悩まないような、人間の配置をするべきではないかと思うのです。
オーナは人を育てることに専念した方がいい・・・でもこれは女の私が考えることですが・・・
部下を育てることが後ではその企業の財産なのだから・・・
日本シリーズを見てなんとなくスカッとした。
あの巨人の騒動の中で思うことは、ごり押しはもう国民の一人として嫌な気分になる

老いては子に従えという言葉がありますが、もういいじゃないの
若い人達に任せてはと思うのは、私だけだろうか?
ソフトバンクの孫さんみたいな人が人間らしくていいや・・・思う
落合監督にもご苦労さんと言いたい
日本シリーズ・・・最近巨人が嫌いになった
もっと、もっとみんなが楽しんで見るようなそんなチーム作りをしてほしい
今回秋山監督ご苦労さんでしたね  

Posted by メグ at 00:42Comments(1)TrackBack(0)日々思うこと

2011年11月20日

私の運勢

今から16年前から娘と一緒に占いを見てもらっていた。
自分たちの健康と、気をつけなくちゃいけないこと、自分のことはいいことだけを信じる。
今回これから「責任のある立場になる」
これから積み重ねたものが評価され社会的に向上できるということらしいのです。
私には仕事星を持っているらしいのです。
本当は来春に今の仕事を卒業をしたいと思っていたのですが、今回のグループホームの仕事を
上司から話があり一瞬迷う。
リスクを背負って仕事をしなければならないだろう?・・・思いながら、やってみる価値あるかもと思う
障害を持った人たちに寄り添いながら生きていく
彼らにどれだけのことが私にできるのか不安でもありますが、今まで受けた恩恵を
還元しなければならないだろう。
占う人がいつも私に言われることは、仕事があるんです。
お母さん仕事が来るんですよ」そう言われる
本当かな?・・・思っていたのが、これがまた本当になった。
不思議なのです。
ほかの施設の上司も、私に「ぜひうちの職場に来てくれないかな?」
「貴方が一番この職場に向いている」
「年齢もちょうどいいし、何よりも解ってくれているから」
「皆の話を聞いてくれればいい」
言われてみると、この占いも当たるもんだな?思った。
この年になってまだまだ職場で声がかかるということは、今まで自分がまじめに頑張ってきたお蔭だろう。
でも少し私にだっていいことあっていいよね・・・そう思うのです
こんな苦しいことばかりある中で、息子の代わりにまた誰かを見ていく仕事を与えられることは
幸せだと思う。
何よりも子供たちが愛おしく感じます。
きっと亡くなった息子が私のことを「母さん頑張れよ」・・・応援してくれているのではないのか
自分が逝って、母親が寂しくないように仕事が私に来るように、応援してくれたのかも
そんな勝手な考えをしています。
占いも自分勝手な解釈・・・いいところどりをして、前に進んでいきたい  

Posted by メグ at 22:37Comments(0)TrackBack(0)日々思うこと